世の中には規模の大小問わず様々な会社がありますが、どの会社も健全な形で継続していくことを望んでいるかと思います。
しかし、日本国内において長期的に成長している会社は数少なく、中小企業庁のデータを見ていても、10年後には役3割の企業が、20年後には約5割の企業が撤退しており、会社設立後も生き残るのが難しい状況です。
では、その中でも市場から淘汰されずに生き残る企業の特徴は何なのでしょうか?
当事務所では設立初期の企業から上場企業まで、様々な会社の会計体制・業務プロセス改善を支援させて頂いております。本記事では、特に設立当社からシード期で意識してほしいポイントを解説いたします。
1. 出口戦略に合わせた会計体制構築
起業家の方は、何か大きな志を持って会社を設立したかと思いますが、その際にまず考えてほしいことがあります。それは「出口戦略」を明確にすることです。
「えっ、会社を立ち上げた初期で出口戦略を考えるの?」と思うかもしれません。ですが、出口戦略によって会社の目指す方向性やファイナンス戦略が大きく変わるため、大きな志を実現させるためには、出口戦略を明確にしておくことは非常に重要なのです。
出口戦略の種類
出口戦略は大まかに以下の通りになります。
- 事業承継
- M&Aによる事業売却
- IPO
- 倒産や清算
IPOを行わない場合は「マイ・カンパニー」として存在することになるため、継続的に利益を創出する体制の構築、成長と持続を考えていけば大丈夫です。外部から資本を入れることがなければファイナンスも銀行による借入がメインになるため、外部に開示する情報もそこまで多くなりません。
しかし、IPOの場合は自社の株式を市場に公開することから、利害関係者の数が増加するため、企業の社会的責任が増加します。そのため「マイ・カンパニー」から「パブリック・カンパニー」として変わっていく必要があります。例えば、以下のようなことが求められます。
- 適時適切なディスクロージャーを行える体制を構築する
- 属人的経営から脱却し、組織的計画的な経営を行うこと
- ガバナンスや管理体制の強化
設立当初の会社が最低限整えるべき3要素
また、どのような会社でも最低限整えるべき要素は以下と考えられます。
- 資金繰り
- 月次決算
- コンプライアンス
(コンプライアンスについては会社のステージや人数に合わせて適宜対応する必要がありますが、こちらは労務・法務等に関連する分野なので割愛します。)
その理由はなぜでしょう?資金繰り・月次決算を整える理由は、「企業の足元を把握することで、資金ショートを防ぐため」です。
私自身、さまざまな事業フェーズの企業様とお取引がありますが、設立当初の会社で重要なのは、ビジネスを確立するために、「いかに業務検証と顧客接点を増やすか」だと考えております。
しかし、業務検証と顧客接点を増やすためには人手・資金が不可欠です。そのため、自らの資金状況を理解しないで活動を行うことは、目隠しで経営を行うことと同じようなものであり、リスクが非常に高くなります。
したがって、設立当初の会社が高次元で業務検証と顧客接点増加を実行するには、経営のメーターの役割を担う「資金繰り」「月次決算」がわかる体制を構築することが肝になるのです。
以下の章では、設立当初の会社が「最低限、資金繰りと月次決算を整えるにはどうすれば良いのか」に焦点を当てて解説していきます。
2.「 最低限整える」とはどのようなレベルなのか
前章では「資金繰り」と「月次決算」を最低限整えることが重要だと解説してきましたが、「最低限整える」とはどういうことでしょうか?
結論から言うと、「貸借対照表(BS)」を正しく作成できる体制になります。
貸借対照表(BS)とは、企業の財政状況を表す財務諸表であり、企業が保有するすべての資産・負債・純資産が計上されております。損益計算書(PL)は会計期間の損益を表すものであり、BSの増減の内訳を表す性格があります。
経営者のほとんどは「損益計算書(PL)」を把握して利益がいくらかを把握しているかと思いますが、実はBSの方が重要だと筆者は考えております。
なぜなら会社が倒産するタイミングはキャッシュ(現金)が尽きた時だからです。またキャッシュを把握するためには会社が保有する資産はもちろん、売掛金・買掛金といった勘定科目がどれくらい増減しているのかを把握する必要があります。
このような情報は損益計算書(PL)だけだと把握できないですし、損益計算書(PL)上では営業利益が上がっていたとしても、資金ショートしてしまい倒産に追い込まれてしまう会社もございます。
だからこそ私は、『「最低限整える」とは「貸借対照表(BS)」を正しく作成できる体制である』と定義しています。
3. 「正しいBSの作り方」とはどういうことか
では「貸借対照表(BS)」を正しく作成できる体制を構築するためにはどうすれば良いのでしょうか?
結論からお伝えすると、資産・負債・純資産の全てを適切に記録、もしくは内訳を把握してている状態と考えております。そのためには以下の要素が重要だと考えられます。
- 各勘定科目を要素別に区別して記録すること
- 資産・負債科目の残高を適切に検証すること
また上記要素を深掘っていくと以下のようになります。
各勘定科目を要素別に記録すること
仕訳を入力する際には、売掛金・買掛金といった勘定科目に加え、補助科目というものを設定することが出来ます。この補助科目をきちんと設定して仕訳を入力することが、非常に重要です。補助科目とは何かについては下記の記事をご参照ください。
出典: Money Forward, Inc
私の経験ではありますが、帳簿が汚い会社のほぼ全てが、補助科目の設計や残高管理を誤っています。例えば、売掛金の不明残高が長期間残っていたり、補助科目の金額に入り繰りが発生してマイナス残高が発生したり、取引先ごとに補助科目が設定されていなかったりなどが、これに該当します。
それを防ぐためには、チェック出来るような粒度・混乱を招きづらい勘定科目・補助科目を設定したうえで運用することが考えられます。あくまで私の一例ですが、勘定科目構築は下記のように考えます。
- 勘定科目を細分化する時の要素を考える(取引先別? 発生要因別?)
- BSは残高であるから、基本的には取引先別で行う
- PLは経営上判断に必要な粒度にする(発生要因別がメイン)
- 要素が交わらないものは勘定科目をあえて分ける
- ex, 通常の未払金、未払金(給与)、未払金(社会保険料)
- ビジネスに合った補助科目の細かさの粒度をどうするか
- ex, 取引先が多すぎる場合は、販売管理システムや債権管理システムに補助科目を外出しする
- 取引先・決済手段など、会社の粒度に合わせて記載する
- 長短分類の取引の管理を工夫する
この辺りを基本念頭に置きつつ、会社の管理方法やビジネスを加味したうえで最適解を考えてくことが重要です。
資産・負債科目の残高を適切に検証すること
次に重要なのは、資産・負債科目の残高を適切に検証するプロセスを必ず設けることです。私自身、正しいBSを作成する上で最重要だと考えております。これを行うだけで帳簿のクオリティは格段に上昇します。
ではどのように検証すれば良いのでしょうか。あくまで1つの事例に過ぎませんが、勘定科目ごとの内訳管理は下記のように実施されるケースもございます。
- 資産・負債科目残高の検証フロー
- 売掛金:売掛金残高と未入金の請求書残高が一致していることを確認する・売掛金が適切に回収されて消込がなされているかを確認する
- 買掛金:買掛金残高と、入手した請求書残高が一致していることを確認する・普段支払うべき取引先の未払金が計上されていないことを確認する
- 前払費用・未払費用:残高が適切に償却されているか・発生要因ごとに償却額を把握しているか
- 借入金:返済スケジュール表と残高が一致していることを確認する
残高検証のコツは、「この科目の残高はどうやったら検証出来る性格のものか、理解したうえで、その裏付けとなる資料を用意する」ことです。
上場企業などでは月次チェックリストなどを用いて、BSの残高が適切になるような検証プロセスを決算の中に織り込んでいます。これらを早い段階から作成したうえでブラッシュアップを重ねていくと、会社のビジネスモデルに合った財務諸表作成に役立ちます。
4.財務諸表の妥当性の検証のために重要な思想と学習方法
ここまでBSを中心とした財務諸表の妥当性検証のために、考えるべきことを解説していきました。ここまで読んだ方で「じゃあどうやったら誤りに気づくことが出来るんだ?」って思うかもしれません。この章ではそのための手段をお伝えします。
先に結論からお伝えすると、BSを中心とした財務諸表を適切に検証するためには下記の要素が必要であると考えております。
- 出来上がった数字に対する肌感覚を持つ
- わからないものをわからないまま放置しない
- 顧問の会計士・税理士とのコミュニケーションを取る
- 情報を集めて共有する
出来上がった数字に対する肌感覚を持つ
財務諸表はビジネスの結果を数字として反映しているものであることから、ビジネスの積み重ねの結果といっても過言ではありません。そのため、ビジネス上違和感のある数字(ex, 顧客が増えてるのに売上が増えてない、外注を増やしたのに費用に見合った債務が載ってない)はエラーの可能性があるのです。そのため、財務諸表の作成者と経営者の話し合いを通じて、違和感を無くしてく作業が必要になります。
わからないものをわからないまま放置しない
財務諸表の不明残高や、処理方法がわからないものを放置すると、数年後に大きな問題に発展することがあります。そのため、わからないものは都度検証する・検証できなくても共有するなど、放置をしないだけでも良いので手当はしましょう。
顧問の会計士・税理士とのコミュニケーションを取る
会計士・税理士は数字のプロであるので、どうしてこのような数字になるのかといった視点を会計の観点から説明してくれます。ビジネスの肌感覚は当然経営者が一番わかっていると思いますが、判断のための材料を貰うようにこまめに連絡を取りましょう。 また、チャットツールなどでこまめに連絡取れる人であれば、色々情報を共有しやすくやりやすいかもしれませんね。
経営者・事業責任者が自ら情報を集めて共有する
情報を伝えることを怠ると、正しい数値が作られないなどのリスクがあります。情報戦に勝ち抜くためにも、経営者自ら情報を集めて共有する体制を整備しましょう。また、会計専門家は効率的に情報を集める・加工することが得意な人も多いので、体制構築についての相談をしてみるのがおすすめです。
5.税理士に丸投げすると何がキケンなのか
ここまでの話を聞いて「記帳代行を頼んでさえいれば、BSも結局税理士を作ってくれるから問題ないのでは?」と思う方もいるかと思います。ですが、実はそうではありません。
なぜなら、税理士も会社のビジネスフロー・支払状況・在庫状況をタイムリーに把握できないと、適切な会計粒度で会計処理を出来ないためです。
正しい記帳を行うためには、自計化・外注を問わず、会計処理に必要な情報を網羅的に適切な形で提供することが必要になります。
自社で情報を用意できない状態で外注をしたとしても、ビジネスの実態に関する情報が不足していることから、企業の実態を表すBSが作成することが出来ません。その結果、実態を表さないグチャグチャなBSが出来上がり、融資を受けづらくなる・企業の実態を表さないため将来予測を行いづらくなるなどの弊害が生じてしまいます。
それを防ぐために、税理士と密に情報連携が出来る体制を構築したうえで、会計面のビジネスパートナーとして関わっていくことがオススメです。
6.早い段階から会計面のパートナーを探したいなら
以上、設立当初・シード期の会計体制で重要だと考えるポイントを解説させていただきました。この記事を読んでいただき、設立当初に描いていた大きな志の再現度が上がってくれたら非常に嬉しいです。
しかし、日常の業務をこなしつつ、税理士さんと密接に関わり、BSが適切に運用される体制を構築するのは非常に難しいかと思います。
当事務所では会計・税務処理だけに止まらず、システム監査技術者の資格を有しているため、業務プロセス改善・システム導入・IPO支援に強みを持っています。
長期的に存続する要因の一つである、予実管理・資金管理体制が強い会社を早めに構築したいと願う会社様はぜひお問合せください。